17才の儀式 [フィクションです。植地浩志(うえちひろし)のショートストーリー]

【第一章】「わたし・・・リストカットしたんだー・・・。」薄暗い、タバコの煙が漂うファンキーな人たちの出入りする喫茶店"紫煙"で、彼女は、ぽつりと言った。 たちこめる煙はタバコの、それだけではないことがわかる。 「リスト?カット?・・」わたしは、思わず聞き返した。 すると、彼女は黙って左手の手首を見せた。そこには、幾筋もの切り傷があった。 手首を切ったんだ・・。 そのときは、リストカットは自殺のひとつの手法であると同時に、それを繰り返す症状のメンタルな、やまいがあることなど知りもしなかった。 17歳の誕生日になったばかりの彼女は、家庭の不和や弟の非行などで結構苦しんでるってことは聞いていた。 しかし、リストカットをするほどの、思いつめた心境であるとは知らなかった。 彼女は裕福な家庭の子女であったが、両親の不仲と弟の薬物依存や非行などで苦しんでいたようだ。まだお互いに17歳のわたしたちは、時折ピザハウスに行ったり、ボーリングに行ったり、バイクのタンデムで、ツーリングに行ったりする程度の仲だった。 時折、彼女の口から、先に記したさまざまな悩みのことを打ち明けられても、わたし自身どうしてよいのか、わかるはずもなかった。 彼女は、そのような家庭背景のために実家から少し離れたところに、ひとりで部屋を借りて住んでいたのだ。 「家ん中に居ると窒息しそうなの・・」彼女は言った。 わたしは、時折彼女の部屋にあがりこみレコードを聞いたり、バイクでのツーリングの計画を話をしたり、将来の夢とか語り合っていた。

彼女の部屋はワンルームの18平米程度のせまいマンションであったが、わたしたちの最もこころの休まる空間でもあったのだ。 彼女とは電話では、あまり話をしなかった。 いまのように携帯電話のない時代だったので、電話をしようとすれば、自宅の電話か、公衆電話ということになってしまうのだ。 わたしの家庭は、父親が京都帝国大学を卒業した超大手製鐵会社の役員であったためもあり、やけに"倫理"と"道徳"には厳しくって、女の子と気軽に電話を出来る環境ではなかったのだ。 自宅の電話は父が役員ということで、その電話代はすべて会社持ちになっていたのだが、母親がわたしの挙動を厳しく監視していたために、彼女と気軽に電話をできる環境ではなかったのだ。 別に母親の目を気にしなくても良かったのだろうが、当時はテレがあって自宅から、女の子と電話をするって気になれなかったのだ。 父親は毎朝、はやく、むかえにくる運転手付きのベンツの送迎車で会社にでかけるのだが、帰りはたいがい午前さまだ。 接待などで、泥酔状態で帰ってくることもめずらしくなかった。そのたびに、ベンツの運転手は、父を両手でかかえるようにして、汗だくになりながら、わたしの自宅のチャイムを鳴らした。 そんな二人の環境は、自然と彼女の部屋のなかで過ごすことが多くなってきていたのだ。

【第二章】 異様な煙の立ち込める、その喫茶店"紫煙"を出ると、いつものように、わたしのバイクのタンデムに彼女はとびのった。 当時は高速道路以外ではヘルメットの着用義務はなかったので、ふたりとも、夕暮れの街道を髪を風になびかせて、彼女のマンションに向かった。当時わたしの駆っていたモーターサイクルは、HONDAドリームCB250だった。 HONDAドリームCB250を、ボアアップしたCB350も発売されていたが、わたしの友人たちに、250CCの方が安定性が良いって薦められて、250に決めたのだ。 彼女が後部シートから、何か話し掛けるが、120キロメートル毎時に達していた、その速度では風きり音とエンジンサウンドで、まるっきり聞き取れない。何を言ってるのか全然わからなかったが、わたしは微笑んでうなずいてみせた。 二人の関係は、そんな会話(?)でも充分意思疎通ができたのだった。 10数分で彼女のマンションに到着した。 マシーンを駐輪場にとめると、いちおうハンドルロックだけはしておいた。当時、モーターサイクルの盗難が頻発していたのだ。しかし、わたしの学友のひとりは、何と窃盗する側にまわっていた。中堅の会社を経営する実業家のひとり息子としてなにひとつ不自由なく育ったのだが、頭は良いのだが、やることに全く節度がなかった。 自分専用のモーターサイクルとして、YAMAHAトレール250をもっていたのだが、何と、ある早朝に、他人のアパートの前に駐車していた、HONDAドリームCB750Fourのハンドルロックを破壊して、エンジン直結で盗み出したのだ。 その盗難は暫くの間、発覚しなかった。周囲の友人たちも、自分で買ったのだろうと思っていたが、なぜか自宅には、そのHONDAドリームCB750Fourを駆って自宅に帰ることがなかったのが、不自然ではあった。

【第三章】 また、「いま、(シリンダーが)1本燃えてないんだー。調子わりーよなー。真っ黒な煙吐きやがる・・・」と、いいながらも、決して修理工場に持っていかなかった。 そのHONDAドリームCB750Fourが、窃盗したものであると判明したのは、何と、そのマシーンを、更に友人に貸し、その友人が道路を横切っていた会社員をひき殺した事によって、事件はようやくおおやけになったのだ。 三車線の道路の追い越し車線を走るフェアレディZを追随し、道路いっぱいにふくらましてコーナリングする要領でまわりこみ、マフラーや下回りから火花を撒き散らし、フェアレディZのドライバーを威嚇しようとしたというのだ。 全速でまわりこんだフェアレディZの前には、分離帯を横切ろうとしていた会社員が立っていたのだ。 ブレーキも何も間に合ったものではない。あっというまに、その会社員に激突し、何10メートルも、道路の上を滑走して、ようやくマシンは停止したという。 会社員は即死だ。 しかし何故か窃盗した友人も、その友人から窃盗したHONDAドリームCB750Fourを借りて、会社員をひき殺した友人も、退学にもならなければ停学にもならなかった。 事故をおこした張本人は、右腕の骨折がなおると、また、なにごともなかったかのように、通学していた・・・。

【第四章】 さて、わたしは、駐輪場にHONDAドリームCB250をとめて彼女のマンションの階段をのぼった。 彼女の部屋はマンションのいちばん奥の部屋だ。わたしの彼女はロックをはずすと、先に部屋にはいった。 「コーヒーいれるね・・」彼女はつぶやいた。 わたしは、隅っこのソファベッドに腰をおろすと、オーディオのスゥイッチをONにした。その途端、はじけとぶビート・サウンドが部屋を揺るがす。CCRだ。 彼女は電気ポットからコーヒーを、分厚い肉厚のカップにいれて、2個もってきた。ふたりとも黙ったまま、CCRの激しいビートに身体をゆだねた。 彼女はダンスが好きで、ソウル喫茶に行くと、誰もおどってなくてもひとりだけでも、激しく踊り始める。 そうして、ふたりは暫くの間、焦げ臭いコーヒーをすすりながら、CCRの激しいビートを楽しんだ。 LPが修了し、針は自動的に停止位置に戻った。初夏の夕暮れは、何時の間にか、周囲を漆黒の闇にそめてきていた。 わたしたちは、ボーリングの話や、モーターサイクルのツーリングの話、そしてビリヤードの話などで盛りあがった。みるみる時間は過ぎ去っていく。 ふと、二人の会話がとまり、静寂がおとずれた。彼女は、グリーンの制服の上着を脱ぐとベッドにからだをなげだした。 そして、わたしの手をひっぱる。あつい手だ。バランスをくずしてベッドに倒れこむと、いきおいよく彼女の身体の上に引き倒された。 ふいに気がつくと、しらぬまに彼女と唇をあわせていた。あまずっぱいかおりのただよう彼女の唇に、キッスをした。 そのときになって、彼女とキスをしたのは、これがはじめてだということに気がついた。 ふたりは、わけもなく微笑んで、やさしく抱き合った。 時間よ・・・・・止まれ。


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